2009年06月13日
あとがき
予定していた以上に長くなりました。
もっとも、一話分が短いという事もあるのですが。
ギターを少しかじっただけの私が、何だかエラそうな話を書きました。
ライブで色々な方の唄を聴かせて頂いて感じた事などを、あるライブでの出来事をキッカケに書いてみようと思いました。
キッカケを少しだけ。
あるライブで、私には奇異に思える言動と格好の方がいました。
その様子に私は一つの答えを出して納得しました。
が、それは間違いでした。
そんな事からヒントを得ました。
唄や絵、その他、人が「創作」するモノには、創る人の人格・性格・気持ち等が表れるのだろうか?
そんなテーマで書きました。
このテーマの答えは、人それぞれかもしれません・・・。
この「歌姫」は大体の筋だけ決めて書き始めました。
その分、予想しない展開になって、楽しかった部分と難しかった部分とあります。
主人公の「ゴトウ君」は輪郭が弱いです。
脇役の「タキガワさん」の方がハッキリしてます。一部分ですが、モデルになった方がいるからかもしれません。
また機会があれば違う主人公で「タキガワさん」が絡む話を書いてみたいと思います。
ブログでも書きましたが、場面のイメージはどうしても絵(漫画)で浮かびます。
それを表現するだけのボキャブラリーの無さを毎回痛感しています・・・。
長い「あとがき」になってしまいますので、この辺りで・・・。
読んで下った方々に心より感謝いたします。
有難うございました。
石蕗
2009年06月12日
歌姫 第34話(最終話)
「ライフ」を出ると春の夜風が心地よかった。
駅に向って歩きながら、俺はタキガワさんに話しかけた。
「タキガワさん。俺、やっぱり・・・誰かに期待したり執着したり・・・、すると思います。そうしたいと思います・・・」
その言葉にタキガワさんは何も言わずに少し目を細めて俺を見た。
笑ったようにも感じた。
「何かを感じた自分を否定したくないと思います。もし、それが勘違いや間違いでも、まるっきりの間違いじゃないんだ、って・・・。やっぱり創ったモノって色々なモノが伝わると思いたいし、それを感じれる自分でいたいです。上手く言えないけど・・・」
タキガワさんは、今度は笑った。呆れたような、安心したような笑顔だった。
そして、言った。
「真っ直ぐだな、ゴトウ君は」
俺も笑って、「だから、俺、諦めませんよ。タキガワさんの唄が聴けるまで」と言った。
タキガワさんは、しつこい奴だな~、と冗談のように言うと、暫しの沈黙の後に少し悪戯っぽい眼で俺を見て口を開いた。
「じゃ、ゴトウ君が唄うかぁ?俺の唄」
「エ!?俺が、ですか?」
思いもよらない言葉に驚いて俺はタキガワさんを見た。
「・・・でも、・・・」
俺は何と返事しようか戸惑って口篭った。
そんな俺を見てタキガワさんは明るく笑うと俺の肩をポンと叩いて言った。
「冗談だよ。それに、ゴトウ君のアノ唄じゃ、なっ」
「また、失礼だな~。俺だって飲んでなきゃもう少し上手ですよ」
そうか、と言ってタキガワさんはまた面白そうに笑うと、真面目か冗談か分からないいつもの口調で言った。
「ゴトウ君は、ゴトウ君の唄を唄え」
俺は正直言えば、タキガワさんの唄を唄ってみたいと思った。
でも、それよりも先ず、タキガワさんの唄が聴きたかった。
このヒトの唄を聴いて自分が何を感じるのか、知りたかった。
でも、まだ暫くそれは実現しそうにもない。
俺がそんな事を考えていると、タキガワさんは唐突に明るい声で言った。
「よしっ。今夜は気分がいい。久し振りに一杯、行くか」
そして、俺を見てニッと笑った。
「は・・・はいっ!」
俺も明るく返事をすると、駅前に向かって歩みを速めているタキガワさんの後を追った。
駅前に並ぶ店の灯りがやけに楽しげに見える。
俺はタキガワさんの背中を見ながら、また何かが始まるような気がした。
そう感じる自分が嬉しくなって、俺は「何処へでもお供します、アニキ」と言ってタキガワさんを追いかけた。
「アニキ~?変な呼び方するなよ」
タキガワさんが苦笑しながら振り返った。
へへ、と笑うと俺は春の夜空を仰いだ。
星が頼りなく光っている。
(きっと「今」は「何か」に繋がってる)
そんな思いが俺の中で星のように瞬いていた。
〈おわり〉
2009年06月05日
歌姫 第33話
時間と空間を巻き取るようにライブは流れ、トリの「鈴虫&コオロギ」がステージに出てきた。
いつものようにコオロギが挨拶をして、鈴虫はペコリと客席に会釈をする。
彼女は前回の様子はなく落着きを取り戻していた。
ギターの音色に誘われるように彼女の唄声が流れ出す。それは、やはり水のように俺を包んだ。
俺はステージの鈴虫を見つめた。
(やっぱり彼女は素晴らしい・・・)
俺は、心の底からそう思った。
ライブが終わり、店内が明るくなった。俺はいつものジンジャーエールのビンを前にして、余韻に浸っていた。
タキガワさんも何も言わずに明かりの消えたステージを見ながら煙草をふかしている。
ステージの袖から、鈴虫が出て来くるのが見えた。遅れてコオロギも出て来る。
鈴虫はチョコチョコと歩いて俺の方に近付いて来た。俺はじっと彼女を見ていた。
足元を見ていた鈴虫が不意に顔をあげて、目が合った。
後から少し慌てたコオロギが足早に来るのが見える。
鈴虫はまた少し怯えるような表情をして立ち止まり俺を見た。
「今夜の唄も、素晴らしかったです」
俺はなるべくニコヤカに、鈴虫を真っ直ぐ見て、そう言った。
鈴虫は、安心したようにニッコリと子供のように笑うと、ありがとう、と言った。
俺はもう、その笑顔に心が踊る事はなかった。
しかし、前以上に、彼女の唄と笑顔が好きだと思った。
「お疲れ様。相変わらず、素晴らしいギターですね」
タキガワさんの声に気が付いて横を見ると、コオロギがすぐ側に立っていた。
俺も少し慌てて、「あ、あの・・・コ、コオロギさんのギターも、スゴく良かったです」と言った。
コオロギは、ホッとしたように表情を緩めると、ありがとうございます、といつもの調子で言った。
そして、タキガワさんを見ると、「アナタも弾かれるようですね?」と言った。
「まぁ、タシナむ程度にね」
煙草を指に持ちながら茶化すように言ったタキガワさんの眼に、いつにない強いモノが見えたように感じた。
そして、機会があれば聴いてみたいですね、と薄っすらと笑ったコオロギの眼鏡の奥にも同じモノが見えた。
コオロギは、俺に視線を戻すと「また、ライブにも来て下さい」と言って鈴虫を促して歩き出した。
鈴虫とコオロギが出て行ってからも、俺とタキガワさんは黙って座っていた。
周りは出演者と客の話声で賑やかだ。
タキガワさんは吸いかけの煙草を灰皿で揉み消すと、帰るか、と言って俺を見た。
2009年05月29日
歌姫 第32話
タキガワさんは煙草をくわえたまま、「そうか、ゴトウ君はいい奴だな」と言って笑った。
俺はその言葉を聞いて、少し俯くと正直な気持ちを言った。
「・・・そんな事ないです。俺、鈴虫の事を知ってガッカリした自分が、・・・嫌なんです」
「まぁ、そう生真面目に自分を追い込むな。鈴虫の事でガッカリしてる気持ちがあってもだな、それは恋をしてたんだから仕方ないさ」
タキガワさんはそう言うと明るくポンと俺の肩を叩いた。
(恋・・・?)
俺は顔を上げるとタキガワさんと目が合った。
タキガワさんは何だかとても楽しそうに俺を見ている。
俺は鈴虫の笑顔を思い出した。
確かに、あの笑顔を向けられた時、俺はドキッとした。
そして、心の痛みが和らぐのを感じた。
「いいじゃないか。興味の種類が違うくなったって。鈴虫の唄が好きな事には変わりはないだろう?」
そこまで言うとタキガワさんは悪戯っぽい顔になった。
「ま、もしゴトウ君がその気のままでも彼女の方が興味なしかもしれないぞ。コオロギはなかなか男前だからな」
そう言うと、面白そうに俺を見て煙草を吸った。
俺は眼鏡を外したコオロギの顔を思い出してみた。
(確かに)
だろう?と言っているタキガワさんと目が合った。
タキガワさんは煙草をくわえたままニッと笑った。
俺もつられて笑った。
タキガワさんは煙草の灰を灰皿に落としながら、またいつもの真剣なのか分からない口調で言った。
「自分が感じたモノを信じる気持ちを大事にしろよ~。もし、違ったと思っても、またそこから始まるモノを感じればいいさ。自分としっかり向き合ってれば、嘘吐きにはならない」
そしてまた俺と目を合わせて笑うと、背中を向けてステージの方を向いた。
まるでそれが合図のように、店内の照明が落とされて薄暗くなった。
「嘘吐き・・・」
俺はタキガワさんの言った言葉を繰り返した。
タキガワさんは少し振り向くと、言った。
「本当は分かってないのに、何も感じてないのに、分かった振りをしたり、分かったつもりになる事さ」
2009年05月22日
歌姫 第31話
タキガワさんは、暫く遠い目をして黙って煙草を吸っていた。
俺もそんなタキガワさんをボンヤリと見ていた。
不意に「俺は、唄わん」と言った時の顔が浮かんで、「どうして唄わないんですか?」と、俺を言っていた。
タキガワさんは、チラリと俺を見るとまた遠い何かを見る目をした。そして、ポツリと言った。
「嘘吐きは、嫌だからさ」
「嘘吐き?」
俺の言葉には答えずにタキガワさんは空を見たまま、俺に言った。
「ゴトウ君は、前に言ったよなぁ。唄であれ、音であれ、その人の中にあるモノが出る、って。俺も、・・・そう思うよ。だから・・・」
タキガワさんはそう言うと、煙草を一口吸った。
そして、言えない言葉の代わりのように煙を吐くと煙草を消した。
俺は真っ直ぐにタキガワさんを見ると、かなり不躾だとは思ったが、「タキガワさんは、嘘吐き、なんですか?」と聞いてみた。
タキガワさんは俺に視線を向けずに煙草を取り出しながら、ポツリと言った。
「今となっては、どっちが嘘吐きだったのか、わからん」
そして、煙草を咥えてフッと笑うと「だから、俺は自分に問いながら、ギターを弾くだけだ」と言ってカチッと火を点けた。
「タキガワさんは嘘吐きじゃないですよっ!」俺は思わずそう言っていた。
タキガワさんは、少し驚いて俺を見ると、どうしてだ?と面白そうな顔をした。
「何でって・・・、上手く言えないけど、何て言うのか、タキガワさんの弾いた音には嘘はないって感じたから・・・」
俺はちょっとシドロモドロになってそう言った。
タキガワさんはそんな俺を面白そうに見ると、何も言わずに笑った。
そして、「でも、俺もゴトウ君が予想してるような奴じゃないかもしれないぞ?」と悪戯っぽい顔で言った。
俺は、その言葉に少し考えこんだ。が、どうしてもギターを弾いてる、あの夜のタキガワさんが浮かんでくる。
そして、鈴虫の唄を初めて聴いた時を思い出していた。
それから、自分に向けられた鈴虫の笑顔。
「・・・タキガワさん。俺は、確かに色んな事を混同していて何が本当なのか、自分でも判らないまま走ってたのは確かです。勝手に期待して執着して、でも現実は違っていて・・・。でも、鈴虫の唄やタキガワさんのギターに魅かれたのは、嘘じゃないです」
2009年05月15日
歌姫 第30話
次の「ライフ・ライブ」の夜、俺は少し早めに店に行った。
いつもの席に座り肘を付いてボンヤリとステージを眺めていた。タキガワさんの姿はまだない。
俺は、初めて「ライフ」に来た時の事を思い出していた。
別れた彼女の事を引きずってどうしようもない痛みを抱えていたあの頃。
鈴虫の唄に魅かれ、痛みを紛らすように「ライフ・ライブ」に通い、またギターを手にして、そしてタキガワさんと会った。気が付くと季節は春になっていた。
そして、鈴虫の事実。
(俺は・・・)
フッと溜息をついて眼を閉じ、そのまま考え込んだ。
暫くして近くに人の気配を感じて眼を開けると、いつもの斜め前の席に煙草を手にしたタキガワさんが座って、悪戯っぽく笑って俺を見ていた。
「よっ。どうした、深刻な顔して」
「な・・・、タキガワさん。来たらなら声かけて下さいよっ。人が悪いなぁ」
俺は慌てて身体を引いた。
「俺が来たのも気が付かずに考え込んでるんなら、声かけちゃ悪いかと思ってさ」
煙草を咥えたまま少し笑ってタキガワさんはそう言った。
俺は少し考え込んでから口を開いた。
「・・・タキガワさん。俺・・・、やっぱりガッカリしてしまったんです」
タキガワさんは何も言わずに次の言葉を待った。
「俺、振られた彼女の事を忘れたいと思ってました。・・・そして、自分でも気が付かないうちに、・・・期待してたんです・・・」
そこまで言って俺は言葉を一旦切った。上手く言葉が出てこない。
「鈴虫の唄を、・・・つまり、少し特別な気持ちで聴いてた部分があるのは、確かです。それなのに、彼女の事を知ったら・・・」
タキガワさんは煙草の煙をフーと吐くと、そう言う事はよくあるさ、と言った。
「誰かの何かを認めて、それが異性だと恋愛感情が、或いはそれによく似た気持ちが生まれるのは、よくある事さ」
「・・・でも、俺・・・」
「鈴虫は恋愛の対象にならなかった。でも、唄い手として認めてるかどうか、好きかどうかは別だろ?」
そう言うとタキガワさんは俺を見てニッと笑った。優しい眼だった。
「でも、俺は軽薄かもしれない・・・。彼女を傷つけたかも・・・」
「ゴトウ君は今夜もこうして来た。彼女の唄が好きだから来たんだろう?軽薄って事は、ないさ」
2009年05月08日
歌姫 第29話
俺は黙り込んで考えた。
確かに“ガッカリ”している自分を感じる。
俺は、鈴虫の唄を頭の中で何度も何度も思い返してみた。
そして、彼女が知的障害者だという事実と照らし合わせてみた。
(俺も、コオロギの言う通りなんだろうか・・・)
違う、と思った。彼女がどんな人間であれ、あの唄が素晴らしい事には変わりはないハズだ・・・。
そう思いながらも、今までと同じではない自分も感じていた。
俺が考えている間、タキガワさんは黙って店の前の植え込みのブロックに腰掛けて煙草を吸っていた。
煙草を口から離すとタキガワさんは唐突に、「ま、誰かに期待したり執着したりすると、往々にして、こういう事があるのさ」と独り言のように言った。
更に言った。
「勝手に勘違いして、期待して、執着して、それが裏切られると、怒り、悲しむ。そんなモノだ」
そして、俺を見ると「ゴトウ君は、どうだ?」と言ってニッと笑った。
俺はまた暫く考えた。
「・・・俺は、・・・そんな事は・・・、鈴虫の唄は素晴らしいと思うし・・・」
考えがまとまらず、そう答えるのが精一杯だった。
そうか、とタキガワさんは優しい口調で言うと、携帯灰皿を出して短くなった煙草を揉み消した。
「帰るか」
そう言ってタキガワさんは腰を上げた。
無言で彼の後を歩きながら、俺はまだアレコレ考えていた。
その時、以前のタキガワさんの言葉を思い出した。
- 受け取り手も混同する時がある。間違う場合もあるからな -
(俺が、勘違いして聴いていたのか・・・?いや、でも、鈴虫の唄は今だって素晴らしいと思う。じゃ、何だこの気持ちは?俺は彼女に何か期待していたのか・・・?)
俺は自分の気持ちの底を覗くように自問を繰り返した。
(・・・そうか)
俺は、自分が“ガッカリ”している理由を見つけた。
でも、それを今タキガワさんに伝えるのは止めよう。
自分でしっかり確かめて、結論が出てからにしよう。
前を歩くタキガワさんの背中を見ながら、俺はそう思った。
2009年05月01日
歌姫 第28話
(鈴虫が・・・知的障害者・・・)
俺は混乱して考えや気持ちがまとまらなかったが、そう言われてみて、初めて彼女に感じた違和感が理解出来た。
そして自分の中に、その事に対して認めたくない漠然とした感情があるのを感じた。
コオロギはそんな俺の気持ちが判ったように言った。
「あなたも、ガッカリしたんじゃないですか?」
「ち、違います。俺は鈴虫・・・さんが、障害者だからってガッカリなんてしないし、唄だって今まで通り聴きたいと思います・・・。ガッカリなんて・・・」
俺は慌ててそう言いながら、心のどこかで確かに“ガッカリ”している自分がいるのを感じた。
「私は、ボランティアをしていて鈴虫と知合いました。唄うのが好きな鈴は、自分の唄を皆が喜んでくれる事を幸せだと言ってました。
でも、自分個人の事を知った後の、沢山の人の変化に、彼女は傷付きました。あのコの障害はそれ程重くない。ちゃんと分かるのです」
コオロギは穏やかにそう言った。
「・・・そうですか。だから、俺が近付くのを・・・」
俺は呟くように言った。
コオロギは無言で頷くと、「彼女にはあなたは何も気付いてないと伝えておきます。だから、もうそっとしておいて下さいね」と言って一旦背を向けたが、すぐに振り返って俺に言った。少し躊躇いながら。
「もし・・・、もし、今まで通りに唄が聴けるのでしたら、応援の言葉を掛けて頂けるのは・・・、嬉しいです」
俺は遠ざかって行くコオロギの背中を見ながら、彼の言葉を思い返していた。
と、誰かが俺の肩を勢いよく叩いた。
ビックリして振り返ると、タキガワさんだった。
「ま、そういう事だ。あの歌姫の事情が分かっただろ?」と、真剣か茶化してるのかよく判らない口調で言った。
「・・・タキガワさんは、知っていたんですか?」
俺は混乱する頭のまま聞いてみた。
「知っていた、と言うか、分かっていたさ。ゴトウ君とあの歌姫のやり取りを見てて。ま、ゴトウ君には気が付かなかっただろうけど」
そう言うと、ちょっと悪戯っぽい眼で俺を見た。
「ま、残念だったかもしれないけど、そうガッカリするな」
(ガッカリ・・・?俺、ガッカリなんて・・・してるよな・・・)
2009年04月24日
歌姫 第27話
俺はコオロギを少し上目使いで見ながら言った。押さえているつもりでも不機嫌が顔に出ているだろう。
「何で、俺が鈴虫さんと話すのをいつも邪魔するんですか?俺が話しかけるのは、迷惑ですか?」
コオロギは何の躊躇いもなく、キッパリと言った。
「迷惑です」
あまりにハッキリと返された俺はちょっと面食らってたじろいだ。
「なっ、・・・何でですか?!」
それに答えずにコオロギは淡々と言った。
「今日の彼女の様子が少し変だったのが分かりましたか?」
「それと俺と何の関係があるんですか?俺は変な下心なんてないですよ。只、あんな素晴らしい唄を唄うからどんな人か、少しだけ話がしたいだけですよ!」
俺はまた少し苛立った。
コオロギは俺から視線を離さずに、「素晴らしい唄を唄うから、・・・どんな素晴らしい人なんだろう?、ってトコですか・・・」と問いかけるように言った。
タキガワさんが言った事と同じ言葉に俺は少し驚いた。
コオロギは俺から視線を外すと、溜息をついた。そして、再び俺を見ると口を開いた。
「鈴は、鈴虫は・・・障害者です」
「え・・・?」
俺は彼の言葉がすぐに理解出来なかった。
コオロギは再び俺を見据えて、もう一度言った。
「あのコは、知的障害者です」
俺は予想もしていなかった言葉に何も考えられず、ポカンとして彼を見た。
そんな俺を見ながらコオロギは続けた。
「出来れば、この事は伏せておきたかったのですけどね・・・。これまでに、あのコはその事で何度も傷ついてきたのです」
俺は放心したように彼の言葉を聞いていた。
「鈴が知的障害者だと分かると、手の平を返したように冷たい眼であのコを見る人達。憐れみの視線を投げる人達。若しくは、純粋な無垢な唄声だなんて、見当違いな賞賛を浴びせる人達。そのどれにもあのコは傷ついてきた。誰もが、鈴虫の唄を障害者というフィルターを通してしか、聴かなくなった」
コオロギは淡々とそこまで言って一息つくと、少し強い視線で言った。
「鈴虫は、あなたも自分の事に気が付いたのではないかと、不安になっているのですよ」
2009年04月17日
歌姫 第26話
「タキガワさん、この前、コオロギと何を話したんですか?」
次の「ライフ・ライブ」の時に俺は聞いてみた。
俺の斜め前のいつもの席のタキガワさんは振り返ると、特に何も、とあっさりと言った。
俺は拍子抜けしたが、もう少し粘ってみた。
「・・・だって、コオロギの事、いい奴、って言ったじゃないですか?話したからそう思ったんでしょ?」
タキガワさんは、その事か、という顔をすると、またちょっとからかうような口調で言った。
「いや~、あん時は取り付く島もなくて、ゴトウ君のお役には立てなかったよ」
俺はそんなタキガワさんに構わずに身を乗り出して更に聞いた。
「何でコオロギは、いい奴、なんですか?」
タキガワさんは嘘ぶくように「そう感じたのさ」と短く言うと前を向いて話を切ってしまった。
その夜の鈴虫は、いつもと違っていた。
ステージに立つ彼女は何故か落着かない様子でソワソワとしていた。オドオドしているようにさえ見える。
しかし、ギターの音が流れて唄い出すと、そんな雰囲気は一気に消えていつもの流れるような、包み込むような唄だった。
ライブが終わると、いつもはなかなかステージ裏から出てこない鈴虫とコオロギがすぐに姿を現した。
俺たちに気が付いたコオロギは、「あ、今夜もありがとうございます」といつもの様に上辺だけのお愛想を言った。
そして、やっぱり鈴虫を庇うようにそそくさと俺の横を通り過ぎて行った。タキガワさんの言った通り、取り付く島もない。
俺は何だかムカついてきて、「タキガワさんっ。ライブのお金、立て替えておいて下さい」と言うと二人の後を追った。
店を出た所で、コオロギが俺に気が付いて振り向いた。
またアンタか・・・、とその目は言っていたが、俺は構わずに話しかけた。
「ちょっと・・・、コオロギさんと話がしたいんですが。いいですか?」
俺は怒っているつもりはなかったのだが、コオロギの向うに立っている鈴虫が俺の言葉を聞くと、何とも不安そうな今にも泣きそうな顔をした。
コオロギは黙って俺を見ていたが、鈴虫に「先に車に。中からちゃんとロックをして、知らない人がきても開けないように」と言ってキーを渡した。
不安そうに振り返りながら鈴虫が離れると、コオロギはいつもしている眼鏡を外した。
「で、お話って何ですか?」
真っ直ぐに俺を見るコオロギの眼は、厳しかったが、穏やかだった。
2009年04月10日
歌姫 第25話
その夜、俺はタキガワさんの言葉を思い出して、なかなか寝付かれなかった。
(理想と嘘が混同する・・・。気が付かずに嘘を創ってしまってる、って事なのか?タキガワさんは、自分もそうだ、って言いたいのか?)
俺はもう一度タキガワさんの奏でた音を思い出してみた。
(いや、そんな事はない。あの心に響く音は創ろうとして創れるものじゃない。鈴虫だってそうだ・・・)
今度は、コオロギはいい奴だよ、と言ったタキガワさんの言葉を思い出してみた。
そして、今日の(正確には昨日の)コオロギの態度も。
どう考えても“いい奴”には思えない。
(ギターが上手な者同士で話が合ったのだろうか?)
そう考えたら、少し妬ましい気持ちが浮かんできた。
(えーえー、どうせ俺はギターも唄もヘタッピですよ。俺じゃ話になりませんよっ)
考えるのに疲れた俺はウトウトしてきた。そして、夢を見た。
鈴虫が唄っていた。俺はいつもと同じ「今日の唄も良かったです」と言葉をかけた。
彼女もいつもの笑顔で「ありがとう」と言った。
そして、「じゃあ、私もゴトウ君の応援をするね。ずっと、ずっと応援するね」と言った。
俺は嬉しくなって「あ、ありがとう。俺もずっと・・・」と言いかけると、鈴虫の姿は別れた彼女に変わった。
そして懐かしい笑顔で「ずっと、応援するからね」と同じ言葉を言った。俺はまた「ありがとう」と言った。が、心のどこかで、この幸せは嘘なのだ、と思った。
もう此処にいる事は出来なくて、そして、もうすぐ終わりが来るんだ、とどこかで感じていた。
そして、終わりが来て俺は目が覚めた。
まだ夜明け前だった。
俺は暗闇を見つめて、もう夢でしか見れない彼女の笑顔を思い出していた。
すっかり忘れられた訳じゃない。溜息交じりに名前を思い出す事も、まだ少なくない。
でも、もう忘れるしかないのだ。過ぎ去った事をいつまでも大事に抱えていても苦しいだけだ。
そう思いながらも、彼女と過ごした日々が急速に思い出されてきた。
(彼女は本当に俺の事を・・・好きだったんだろうか?ほんの気まぐれだったんだろうか・・・)
ふと、そんな寂しい疑問が湧いてきた。
(そんな事はない・・・。その時だけだったけど、俺の事・・・)
「受け取り手も混同する時がある」
不意に俺はタキガワさんの言葉を思い出して、(そんな事はないって、俺、思います・・・。思いたいです・・・)
と心で呟きながら、俺は再び眠りに落ちていった。
2009年04月03日
歌姫 第24話
俺はタキガワさんの言葉にまた黙り込んだ。
そして、また鈴虫の唄とタキガワさんのギターを思い出してみた。
(嘘?あれが見せかけの嘘かもしれないって事か・・・?)
俺は黙って歩きながら考えた。
「タキガワさんっ」
俺は自分でもビックリするような大きな声で前を歩くタキガワさんを呼び止めた。
勿論、タキガワさんもビックリした顔で振り返った。
「俺は、鈴虫の唄やタキガワさんのギターが嘘だなんて思わないですよ。そのままの形ではないかもしれないけど、・・・何て言うか、それを創る材料みたいなモノはあると思いますっ」
俺は一気にそう言うと、ちょっと生意気言ったかな?と思って「俺は、そう思いますけど・・・」と少し伏目がちにタキガワさんを見て付け足した。
そして、更に付け足した。
「もしかしたら、それは長続きしなかったりするかもしれないけど・・・」
黙って聞いていたタキガワさんは表情を緩めると、「そうか、そうか。お前、いい奴だな」と言って俺の肩をポンポンと叩いた。
タキガワさんの顔を見ると、いつもの笑顔だった。
俺は聞いてみた。
「じゃ、タキガワさんは鈴虫の唄をどう思うんですか?」
タキガワさんは何も言わずに前を見ると、フッと笑って「ま、そういう感想は人それぞれだ。いいじゃないか。そのうちゴトウ君が色々と分かったら、言うよ」と言ってまた歩き出した。
俺はまた中途半端で不可解な答えがちょっと不満だった。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、「じゃ、これだけ言っておこう」と振り向いた。
「コオロギは、いい奴だよ」
(エ?!)
俺のコオロギの印象は決して良くない。いつも、上辺は愛想よく繕っていながら拒絶のオーラを出している。鈴虫に誰も近づけたくないかのように。
(そんなコオロギが“いい奴”なのか・・・?)
俺の表情を見て取ったタキガワさんは、「ま、そのうち分かるさ」と言った。
「でも、分からなくてもいいなら、これ以上近付くな」
タキガワさんは軽く忠告するような口調でそう言うとまた歩き出した。
そして少し振り返ると「そうそう、受け取り手も混同する時がある。間違う場合もあるからな。気を付けろよ」と真面目なのか冗談なのか判らない表情で言った。
2009年03月27日
歌姫 第23話
タキガワさんの言葉に俺はまた戸惑った。
「何をって・・・?そんな大した事を考えてる訳じゃないですよ・・・。ただ、あんな唄を唄うからどんな人かと思って・・・」
(何を期待してる・・・?俺は・・・?)
俺は、自分でも答えを探しながら言った。
「素晴らしい唄を唄うからきっと素晴らしい人に違いない、って訳かい?」
タキガワさんは表情を変えずに俺を見ながらそう言うと、再び俺の返事を待った。
「・・・まぁ、そんな感じですけど・・・」
俺は考えや気持ちがまとまらないまま曖昧にそう答えた。
そうか、と小さく呟くように言うと、今度は少しからかうように言った。
「もしかしたら、とんでもない奴かもしれないぞ?そしたら、どうする?」
俺は、タキガワさんの言葉に暫く考え込んだ。そして、鈴虫の唄を思い出してみた。
それから、タキガワさんのギターも。
「・・・そんな事はないと思います」
俺は今度はハッキリと答えた。
それを聞いたタキガワさんは、おや?という顔をした。
「唄や音ってやっぱりその人の中にあるモノが伝わると思いますよ。俺はそう思います」
俺の真剣な言葉を真正面から受け止めたタキガワさんは、また小さく「そうか」と言ってフッと笑った。その笑顔はとても優しく、そしてどこか寂しげだった。
が、次の瞬間はもういつものタキガワさんだった。
「ま、あんまり思い込みでお熱になるなよ。嫌われるぞ?歌姫のナイトはもういるし、横恋慕ならやめとけ」
からかい口調でそう言うと、「あ、ライブの金、忘れんなよ」と言って手を出した。
俺は、また慌てて財布を探して、差し出された手の上にお金を乗せた。
タキガワさんはそれをそのままポケットに捻じ込むと、背中を向けて歩き出した。
そして歩きながら俺にまた言った。
「でもな、ゴトウ君。あの、歌姫には・・・、いや、誰に対しても、創ったモノで本人に期待なんてしない方がいい」
「どうしてですか?」
俺はタキガワさんの後を追いながら言った。
タキガワさんは立ち止まってと振り返るとニッと少し皮肉な笑顔を浮かべた。
「ヒトは、自分の中に無いモノでも、あるように創り出せてしまう時がある。理想と嘘が混同する時があるのさ」
2009年03月20日
歌姫 第22話
俺は鈴虫が店の外に出たところで少し緊張気味に声を掛けた。
「あ・・・、あの今晩は。今日の唄もとても良かったです」
鈴虫はステージで掛けていた眼鏡はしていなかった。
キョトンとした顔で振りかえると、俺を見てニッコリと笑った。そして、「ありがとう」と言った。
「あ、えーと、あの・・・」
声を掛ける事しか考えていなかった俺は焦った。
「あの、どこか他でも唄ってるんですか?」
(よし、当たり障りのない質問だ)
が、鈴虫は少し困った顔をすると黙り込んでしまった。
何か悪い事でも聞いたのかと、俺は再び焦った。
「いや・・・、もし、他でも唄ってるのなら是非聴きに行きたいと思って・・・」
と、その時、誰かが無言で俺の前に立った。
コオロギだった。予想はしていたが、思ったより早かった。
彼は何も言わずに鈴虫を見ると、「先に車に」と言ってポケットからキーを出して鈴虫に渡した。
鈴虫は慌てて受け取ると、こっちを気にしながら足早に離れて行った。
コオロギは俺の方を見ると溜息をついた。それは、怒気を含んでいた。
ステージで掛けていた薄い色の眼鏡の奥の眼は鋭かった。
「・・・またアナタですか・・・。やめて貰えませんか?彼女に関わろうとするのは」
口調は穏やかだが、その言葉にはハッキリと怒りと拒絶の気持ちが感じられた。
「エ?・・・俺はただ・・・」
予想外の展開に俺は戸惑った。
「彼女の唄を気に入ってくれてる事には感謝します。でも、それだけにして下さい。鈴にこれ以上近付かないで下さい。でないと、彼女の唄が聴けなくなりますよ」
コオロギはそれだけ言うと、俺の返事も待たずに歩いて行った。
俺はコオロギの言葉が理解出来ずに、何も言えないままその後姿を見送った。
ボンヤリしていると、後からタキガワさんが声を掛けた。
「おーい。金払えよー。おごらせるつもりか?」
「あっ、すいません・・・」
俺は我に返ると慌ててポケットの財布を探した。
タキガワさんはそんな俺を見ながら「・・・もう、やめとけ」とポツリと言った。
「エ・・・?」
その言葉に俺は手を止めてタキガワさんを見た。
「ゴトウ君は・・・あの歌姫に何を期待して声を掛けるんだ?」
タキガワさんは真面目な表情でまたそう言うと、黙って俺の返事を待った。
2009年03月13日
歌姫 第21話
ライブのトリは鈴虫&コオロギだった。
鈴虫は前回と同じ黄緑のセーターにジーパンだった。
いつもと同じ豊かな唄声だった。
が、俺は少し唄とギターに違和感を感じた。
俺は耳に神経を集中させてじっと聴いてみた。
確かに、ほんの僅かだがズレているように感じる。
(俺の気のせいだろうか・・・)
そう思って、唄の合間にタキガワさんの背中を突付いてみた。
「今日の二人、ちょっといつもと違いませんか?」
俺が小声でそう言うとタキガワさんは少し振り返り、俺の顔を横目で見ると無言で頷いた。
(やっぱり。タキガワさんが感じるんだから間違いない。何か二人の間にあったんだろうか・・・?)
ステージの二人の表情はいつもの眼鏡でよく分からない。でも、コオロギの話もいつもよりテンションが低いように感じる。
そう言えば・・・、俺は鈴虫がステージで唄う以外は全く声を出さない事に気が付いた。二人のかけ合いも見た事がない。
(それほど仲が良くないのか?)
そう考えた時、前回の鈴虫の笑顔を思い出されて、俺はちょっと気持ちが浮き立つのを感じて慌てた。
(違う違う!俺は多分、彼女の事を忘れる為に無理に他に興味を持っていこうとしてるだけだ。満足に話した事もないのに、好きになんか・・・)
多少の違和感を感じながらも今夜の唄も素晴らしく、アッと言う間に時間は過ぎた。
明るくなった店内で、俺はタキガワさんに今夜の作戦の助っ人を頼んだ。
「タキガワさん。あのコオロギって人が来たら、話しかけて引き止めて下さい。同じギターの上手な者同士だから大丈夫でしょう?」
俺の提案にタキガワさんは少し目を丸くして、そして呆れたように言った。
「で、その間にゴトウ君はあの憧れの歌姫さんと二人でお話する、って訳かい?」
「べ、別に憧れだとか・・・そんなんじゃなくて・・・」
少しムキになってそう言ってると、鈴虫がステージ袖から出て来るのが見えた。
「ともかく、頼みますね」
「ま、上手くいくかは分かんねーけど・・・」
鈴虫はいつもと同じ楽しそうな様子でチョコチョコと歩いてきた。が、俺は今度は声を掛けなかった。
もしかしたら足を止めるだろうか、という俺の期待と心配を余所に鈴虫は素通りしてドアに向かって歩いて行った。
2009年03月06日
歌姫 第20話
第20話
あの夜以来、俺はギターの練習に真剣に取り組むようになった。
(あんな風に弾きたい)
タキガワさんのギターを聴いて、俺は強烈にそう思った
鈴虫の唄声が水のようなら、タキガワさんのギターは風のようだった。
(きっと唄も上手に違いない!次は何とか唄も聴かせてもらおう)
俺はそんな事も考えていた。
次の「ライフ・ライブ」の夜、店に入るといつもの席でタキガワさんが煙草をふかしていた。
俺の顔を見ると、「よっ。アザ、だいぶ取れたな」と言った。
「はい、やっとです。タキガワさん、この前のギター、すごかったですね。俺・・・何て言うか、感動しました」
いつもの席に座りながら俺は素直な感想を伝えた。
タキガワさんは煙草をくわえたままニッと笑った。その目は何ともいえない優しさがあった。
「今度は唄も唄って下さいよ!」
俺が少し身を乗り出してそう言うと、タキガワさんはやはり煙草をくわたまま何も言わずに首を横に振った。
そして、灰皿に煙草の灰を落としながら、俺は唄わん、とこの前と同じ事を言った。
「どうして?俺、聴いてみたいなぁ・・・」
俺は少し食い下がってみた。
「・・・」
タキガワさんはまた煙草をくわえると少しの間何か考えるような顔をしたが、煙草を口から離すと「俺は、ギターを弾くだけだ」と口元に笑みを浮かべてそう言った。
そして、煙草を灰皿に押し付けて揉み消した。
「そうですか。・・・でも、そのうち聴かせてもらいますからね」
俺は今回は引く事にした。
タキガワさんの笑みにはまるで何かを諦めたような、寂しさと安堵が入り混じっているように俺には見えた。
俺はタキガワさんから視線を外すと、ステージに眼を向けた。
少しだけ、また鈴虫の姿がないかと期待して。が、ステージには一番手の二人組がライブの準備をしているだけだった。
今回は俺は何とか鈴虫と話をしてみたいと思い、少し策を考えてきた。
気が付くと、そんな俺を煙草をくわたタキガワさんがまた面白そうな眼で見ていた。
2009年02月27日
歌姫 第19話
タキガワさんは何も言わずにいきなり弾き始めた。
丁寧に一本ずつ弦を爪弾くその曲は、聴いた事のない旋律だった。
その音はまるで優しく語りかけるように、静かな夜の商店街に響いた。
旋律は次第に厚みを増し、ストロークに移った。
力強く優しく、どこか切ない、そんな音色だった。
俺はギターを弾くタキガワさんの全体を見ていた。
本来ならギターを弾く者の端くれとして弾いている手元に注目する筈なのだが・・・。
彼は、真剣に弾いていた。まるでギターと一体となって全身で音を作り出しているみたいだ。
(笑ってる・・・)
真剣なタキガワさんの顔を見た時、俺はそう感じた。
彼の眼は、今この瞬間が楽しくて仕方ない、と言ってるように見えた。
誰かに与えられる楽しさではなく、自分で創り出す楽しさ・・・。
ここ最近、色々な事に振り回されている俺は、ふと、そんな事を思った。
通りすがりの酔っ払いが「よっ、兄ちゃん、上手いね~!」上機嫌で声を掛けて行った。
タキガワさんは手を止めずに酔っ払いにニッといつもの笑顔で応えた。
暫く弾くと、ジャン!と最後に一際高く鳴らしてタキガワさんは手を止めた。
引き込まれるように観ていた俺は、感情を上手く言葉に出来なくて何も言えなかった。
どんな言葉でこの人の音を、自分の気持ちを表せばいいのか分からなかった。
タキガワさんはそんな俺に気が付いて、ン?と面白いモノを見るように首をかしげた。
「何だよ、あまりの上手さに見惚れたか?よせよ、照れるだろ。ま、男に見惚れられても、あんまり嬉しかないけどな」
タキガワさんはそう言うとギターのバンドを肩から外した。
呆けたように見ていて俺は、ポツンと言った。
「・・・唄は・・・、唄わないんですか・・・?」
タキガワさんはギターを仕舞っていた手を一瞬止めた。
その横顔には今まで見た事のない影がよぎったように感じた。
が、すぐにその影を笑顔で消すとケースのフタを閉めながら、「・・・ああ。俺は、唄わん」と横顔のまま短く言った。
どうして?と聞く前に、「言っとくけど、下手だからって訳じゃないぞ。お前よりは遙かに上手いからな」と俺に向かって言った顔は、いつものタキガワさんだった。
「じゃあ、唄って聴かせて下さいよ」と口を尖らせて俺が言うと、「俺は弾くのが好きなんだよ」と答えてニッと笑った。
俺は残念な気持ちと、ちょっとはぐらかされたような気分になった。
2009年02月20日
歌姫 第18話
「ライフ」を出ると、俺はタキガワさんに付いて歩きながら言った。
「さっきのアレ、何だと思います?まるで俺が何かするとでも思っているような態度ですよね」
俺は折角のチャンスをまたしてもコオロギに邪魔された事が不満だった。
(別に、どうこうしようなんて思ってなんかいないのに。ちょっと話をしてみたかっただけなのにさ。何だよ、あの態度は)
少しの間考えてからタキガワさんが口を開いた。
「・・・確かに、あのコオロギの態度は変だな・・・」
「そうですよね!」
俺は勢い込んでタキガワさんの顔を見てそう言った。
タキガワさんは横目で俺の顔を見ると、「いや、やっぱりお前、怪しいよ。危ない奴って思われたんだな」と、いつものからかうような調子で言うと面白そうに笑った。
「チェッ、またそんなヒドい事を・・・。このアザは転んだだけですよ」
「そうか、転んだのか。酒でも飲んでいたのか?」
そう言うとタキガワさんはまた面白そうに笑った。
図星の俺はまた何も言えなかったので、話題を変える事にした。
「ところで・・・、今から何処に行くんですか?カラオケですか?」
「いやいや、もっと面白い事だ」とタキガワさんは前を見たまま言った。
その横顔は、楽しい事をする前の子供みたいに見えた。
駅を通り過ぎてシャッターを下ろした商店街の入り口に来ると、ちょっとここで待っててくれ、と言って少し先にある駐車場に向かって一人で歩いて行った。
(あ、今日は車で来たのか・・・。何処に住んでるんだろ・・・?)
後姿を見ながら、俺はボンヤリとそんな事を考えた。
タキガワさんの姿が見えなくなると、ポケットに両手を突っ込んで星空見上げてみた。
明るい月と星、それから所々に浮かんでいる雲。そんな夜空を眺めていると、今起きている事全てがまるで実感のない思い出のように感じられた。
十分ほどでタキガワさんは戻って来た。
その肩にはギターケースが提げられていた。
タキガワさんはケースを降ろすと「ここなら少々音を出してもいいだろう」と言って中からギターを取り出した。
俺は、こんな所でギターを弾くなんて予想もしていなかったので、あっけに取られてタキガワさんを見た。
そして、次の瞬間、この人のギターが聴ける!と胸が高鳴った。
俺は何も言わずにチューニングの微調整をしているタキガワさんを見つめた。
2009年02月13日
歌姫 第17話
鈴虫は、まるで唄でも口ずさんでいるような足取りで歩いてきた。
ステージで掛けていた眼鏡はしていなかったので楽しげな表情も見て取れた。
彼女自身も今日のライブの出来に満足しているのだろうか、とそんな様子を見て俺は思った。
前回のように驚かせてしまわないように、俺は座ったまま少し手前で言葉を掛けた。
なるべくにこやかに。
「あの・・・、鈴虫さんですよね?」
が、やっぱり彼女は驚いた顔をして俺を見た。
俺は椅子から立つと、「今日の唄も素晴らしかったです」と続けた。
鈴虫は何も言わずに驚いた顔のまま俺を見つめた。
その視線が先週作ったアザにある事に気が付いて俺は少し慌てた。
「あっ、これは別にケンカしたとかじゃないんです・・・。俺、あ、ぼ、僕はそんなコトしたりしないので・・・」
何でこんな弁解をしてるんだ?と思いながらも俺はそう言った。
横で聞いてるタキガワさんが小さく吹き出すのが分かった。
鈴虫は俺の話を理解したのか、やっとアザから視線を外した。
「今日の唄もとても良かったです」と、俺はもう一度言った。
鈴虫はニッコリと笑うと「ありがとう」と言った。
その言葉と表情からはやっぱり、どこか子供みたいなあどけなさを感じる。
(唄っている時とは随分違うな・・・)
その時、俺と鈴虫の様子を見ていたタキガワさんが「来たぞ」と小さく言った。
と、誰かが俺と鈴虫の間に割って入ってきた。まるで鈴虫を庇うように。
それは、またコオロギだった。
「これはこれは、いつも有難うございます」
愛想良くいいながらも、相変わらず急いでいるようなあまり歓迎していないような雰囲気だった。
コオロギは鈴虫を促して「では、また次回もよろしくお願いします」と言って出口に向かって歩き出した。取り付く島もない。
と、その背中に「コオロギさん、アナタのギターは大したモノだね」とタキガワさんが言った。
不意に声を掛けられて振り向いた眼鏡の奥の眼には苛立ちに似た拒絶が浮かんでいた。
が、瞬時に笑顔を作り、有難うございます、と言って足早に出口に歩いて行った。
そんなコオロギと鈴虫が出て行くと、さてと、と言ってタキガワさんは腰を上げた。
「今から俺に付き合えよ」
コオロギの態度にあっけに取られていた俺にそう言うと、ニッと笑った。
2009年02月06日
歌姫 第16話
ステージに立ちコオロギのギターと共に唄う鈴虫の唄声は、いつもにも増して素晴らしかった。
鈴虫はいつもの薄く色の入った眼鏡を掛けて、留めていた前髪は下ろしていた。
俺は心の底から鈴虫の唄声に浸りながら、先ほどの事を思い返していた。
(笑顔で挨拶してくれた。ちゃんと俺の事を覚えていたんだなぁ・・・。)
ただ、それだけの事が妙に俺の気持ちを浮き立たせていた。
それは、鈴虫&コオロギにしては珍しいポップで力強いノリの良い曲を聴いたせいもあるかもしれない。
気が付くと、俺は何度も鈴虫の笑顔を思い出していた。
そして暫し、心の痛みから解放された。
鈴虫&コオロギの出番はアッと言う間に終わった、ように俺は感じた。
次の出演者が出る合間に、タキガワさんが「今日の鈴虫とコオロギは、一段と良かったな~」とステージを見ながら言った。
「そうですよね!タキガワさんもそう思いましたか」と俺は何だか嬉しくなって言った。
すると、タキガワさんは「そうだな。特に唄がな」と言って、またからかうような眼をして笑った。
が、その眼に優しいモノを俺は感じた。
俺は何も言えなくて、「・・・そうですね・・・」と曖昧な返事をした。
タキガワさんの眼はまるで、俺がまた前の彼女の事で苦しんでいて、それが鈴虫の唄で和らいだのを見透かしているようだった。
(変わった感じはあるけど・・・、すごい人だな・・・)
俺はタキガワさんの事を、そう思った。
それから、鈴虫の事も。
(あんな素晴らしい唄を唄うなんて、どんな人なんだろう・・・?)
話をしてみたい、と俺は思った。
ライブが終わり出演者と客が混じってザワザワしている中、俺は鈴虫がステージの袖から出てくるのを待った。
タキガワさんもそんな俺に気が付いてか、煙草をふかして座っていた。
何も言わないが、やっぱり全部分かっているみたいだった。
十分ほど待つとカーテンの影から黄緑がチラっと見えた。
(鈴虫だ)
ステージを降りてチョコチョコ歩いてくる鈴虫を俺は、少し緊張した面持ちで見つめ声を掛けるタイミングを待った。

